Interview #01
 
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Q. お惣菜を始めたきっかけはどんなことですか?
小売業をやりたかった?


橋勝商店「和笑輪」

―お惣菜の販売をはじめたきっかけは何ですか?

橋詰:朝市でやっていたのを自宅に場所を移して、野菜販売を続けていたら、お客さんが「魚や肉も欲しい」と言う。「じゃあ、店を広げますか」ということになり、知り合いの大工さんと二人で骨組みからやって、今の形でオープンしたのが12年の2月。その頃、周辺に仮設の公共施設がたくさんできて、そこの人達がお昼に来るので何か提供したいと思った。最初は外でイカ焼いたりホタテ焼いたり、毎日がバーベキューだったね。それも良かったけど、何かやっぱり手を掛けたものを売りたいと思って。

―それがさっきの話のコロッケですか。

橋詰:それも一つ。利益だけ考えたら、冷凍コロッケを売ればいいんだよね。でも、自分たちがやりたいのは、手作りのコロッケ。食文化イコール手作りだからね。忙しい主婦たちが、手間をかけずに食卓を彩れるもの。チンするコロッケよりも、「5時半頃帰ってくるから5個揚げておいてね」と言って買える手作り揚げたてのコロッケのほうが美味しい、という風になればいいなと。
そう考えていたらインターン生が「じゃあ、やりましょうよ」となって、水曜コロッケDAY。彼女たちにこの店を大きくしてもらったと、つくづく感じる。

―小売業をやりたかったんですか?

橋詰:うーん、小売ということではないんだよね。どういうことかというと、例えば、「亡くなったおばあちゃんの黒豆を食べたい」と思っても誰も作れない。嫁は姑の味を再現できない。核家族化で食文化が伝承されないんだよね。 だから、その味を残したい思ったら、人が集まる場所をつくるのがいい。そこにいろんな家族が集まれば世代間交流ができ、ある家のおばあちゃんの漬け物づくりが別の家のお嫁さんに伝えられたりするじゃない。それが総菜店をやろうと思ったきっかけ。
それと、もう一つは、お年寄りにもう一度主役になってほしいということ。震災後の今は、ある意味戦後みたいなものだけど、お年寄りたちが本当の戦後から立ち上がって生き抜いて来たからこそ、自分たちは今ここに立っていられる。そう思うと本当に感謝しているし、教わることもまだまだいっぱいある。戦後を乗り切った人たちにステージに立ってもらうことで、子どもたちも自分が生きていく方法を目で、肌で感じられる町になるんだと思う。お年寄りが主役、そして、子どもたちが夜一人で歩いても安心な町をつくりたい。ただそれだけ。

―それを実現するのがお惣菜ですか。

橋詰:そう。

―壮大ですね。

Q. これから先の橋勝商店の展望は?

―お惣菜屋さんとして、これから先の展開って?

橋詰:目指す事業の根本は社員教育と地域活性化にあります。今、惣菜部門にシフトチェンジしている中で、栄養管理士や新卒の若い子たちを採用していきたい。それで、在宅介護をしている人たちに地元の野菜をフルに使った栄養バランスの良い弁当や給食を届けるとか、市役所の職員食堂をやらせてもらって、それを一般にも開放するとか。そして、地元の食文化を市民食堂で展開する、そういう仕組みをつくりたい。
今、橋勝商店は、月曜は天ぷら、水曜はコロッケ、金曜はハンバーグなどと日替わりで提供していて、売上も徐々に伸びつつあります。パートの人たちも毎日「ああしたほうがいい、こうしよう」と惣菜や料理の話をして、お店のことを考えてくれているし、厨房に入るとみんな笑顔なんだよね。地域で一番の笑顔あふれる店、がキャッチフレーズでね。


毎週1〜2回、周辺250世帯に手配りしている、手書きのチラシ

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橋詰さんのお店はこのあたり

橋詰さんのお店、和笑輪までの地図

 

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