Interview #07
 
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Q. 患者さんとのコミュニケーション、大事なことは?

写真:石木先生と富山さん

―将来的に、在宅診療の充実という方向に進むということは。

石木:それはあるんでない? 高齢者の数が増えて、収容する所、今でも足りないわけだから。ただ、在宅で、高田みたいな地域がいけるかとなると、なかなか難しい。

―非効率ですものね。遠隔医療という考え方は、どう思われますか?

石木:遠隔医療は駄目よ。だって、患者さんのとこ、誰が行くの。看護師が行って、情報を送って、指示をもらって、看護師が処置をする? それは無理よ。もちろん、医者が行って、その医者が「困った」となったときに、遠隔地に別の医療従事者がいて、コンサルトするというふうなのはアリだと思う。でも、足りないからって、医者が行かないで、送られてきた画像を処理して、どうする、こうするという話は全然。それはないな。

―基本的に診なきゃいけないという。

石木:うん、診なきゃいけない。要するに、「画像で見られる」とか言うけど、触らなきゃいけない

このごろ高齢者の認知症の外来をやっているんだけど、最初に入ってきた患者さんは、一様に怖い顔して入ってくる。なんでここに来たのか分からない。「こんにちは」「なんでここに来たの?」と聞くと、「いや、なんでかね」「私は何ともないんだけれども」と家族のほうを見たりして、不安な顔をして。

大抵、手を握ることにしている。手を握って、手が冷たいかとか、あったかいだとか、こうやって話しながら。そのうち手をさすったりしながら。そういうのが案外大事なのさ。だから、遠隔医療もやり方次第なんだろうけど、患者さんを診る医者はちゃんといないとね。

写真:石木先生

―アナログのコミュニケーションも含めて、一番大事なところですよね。

石木:うん。

―では、被災された方たちの、心のケアみたいな部分の医療については、石木先生はどうお考えですか。

石木:被災した後にはよく、心のケアの大切さというテーマが話されていて。でもその時の発想というのは、例えば精神科の医者を派遣だとか、臨床心理士を派遣するだとか、そういうふうなことに汲々とするんだね。だけどそれって、事後処理なのさ。結果として上がってきたものを処理するという考え方。
そうでなくて、一次予防的に考えないといけないんだと思う。それって、「迅速な生きがい創生」なんだな。「これは生きていかなきゃ」と思えるようなことを、つくっていかないといけないんだな。

被災した直後から、いろいろアドバイスしてくれた先生がいるんだけれども、その先生がよく言ったのはそれだった。「仕事を見つけてやらないと持たないよ」と。
その時、それは、おれができる仕事ではないなと思って、聞き流していたんだけれども、店を流されて気力を失ってた人が、仕事をやり始めると元気になるんだよね。実際に。

―体力のほうも。

石木:そうそう。良くなるのよ。認知症がすごくなった婆さんがいて、「あそこの婆さん、被災してから駄目なんだ」という話を聞いていて。それ、かわいそうだなと思っていたのね。そうしたら、被災した年の秋ぐらいに、流された商店たちが小学校の校庭で2日だけ店を開いた。で、歩いて見に行ったら、その婆さんに「あら、院長先生、これ、持っていって」と煎餅をもたされてね。「これ、どうしたの?」と聞くと「煎餅焼く機械、内陸のほうの、一関の知り合いから借りたんだ」と言ってさ。普通に会話して。なんだ、認知症でねえじゃん、と思ったよね。だけどその後、ご主人にお会いしたら、「いや、駄目なんだ」っていうから、「早く店開ければいいんでないの」と言ったの。
それからしばらくして、プレハブだけれども菓子店再開したら、今、元気よ、全然。和菓子の部門を牛耳っているんでない。「がんづき」「ゆべし」を彼女が担当して作っているんでないかな。

―患者さんの生活まで、よくご存知ですね。

石木:耳に入ってくるだけさ。だから、心のケア云々の前に、「社会参加」という枠組みで考えたほうが良いと思う。要するに、その人の「生きがい創生」だよね。そういうふうな考え方というのは、どんな状況の中でも必ず持っていないと。特に医療者はね。

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