Interview #11
 

東京の大学生だった三井さんが、50年ぶりの
“陸前高田市広田町 転入者”になったのはどうして?(土屋)

インタビュー:2013/04/18
インタビュアー 土屋 春代さん:ご自分がここのおじいちゃんたちと同じ年代になったとき、どんなふうになっていると思いますか。 三井 俊介さん:多分、こっちのおじいいちゃんと同じになってるんじゃないかな。なっていたいと思いますね。 土屋 春代(つちや はるよ)さんのプロフィール 三井 俊介(みつい しゅんすけ)さんのプロフィール
前のページ 1 2 3 4 5 次のページ

Q. 東京の若者を被災地の限界集落につれてくる?

―三井さんが広田町でいまどんな活動をされているのか、聞かせてもらえますか? 今日もワカメ漁の手伝いが忙しいとか。

三井:(笑)ワカメも大切なお手伝いなんですけど、僕らはここでSETというNPO法人として事業活動をしていて、大きく2つの事業を実施しています。1つは「チェンジメー
カープログラム
」(公式HP:http://set-change-maker-program.com)という現地滞在型のスタディプログラム事業で、主に東京から参加者を呼び込んで、学びの機会を提供するもの。もう1つは、このプログラムの参加者が地元の人とかかわる中で出てくるアイデアを事業にしていく事業化支援事業です。

後者の事業化支援で現在動いているのは、地元のお母さんたちを相手にExcelやWordなんかを教えるパソコン教室と、地元産のお野菜を外部へ向けて販売する「*手づくり浜野菜」という事業の2つ。どちらも外部から継続的に人を呼び込みながら、広田町に今までなかったような仕事や働き方、やりがいをつくろうとする活動です。

写真:手づくり浜野菜のみなさん手づくり浜野菜のみなさん

―「チェンジメーカー」は、どんなスタディプログラムなんですか?

三井:社会的な問題に関心のある首都圏の若者と*広田町の人たちとが一緒になって、復興にむけた取組みにチャレンジします。参加者が自分と向き合いチャレンジすることを通してそれぞれの学びを得てもらおうとするプログラムです。
最初に東京の事前講習会で、参加者それぞれの目標を設定していただくんですけど、プロのコーチングの方と僕らとで、「このチェンジメーカープログラムが終わった後どうなっていたい?」「現状とのギャップは何?」というような話し合いの場を作ります。それぞれ各人なりの「ギャップの解決」を動機として、僕ら主催者に頼るのではなく、自分で課題を設定し、解決の方法を探ってもらいたいんですね。

―じゃぁ参加者は広田にくる前からノリが「前のめり」なんですね。

三井:そうですね。普通のボランティアと違うところだと思います。例えば、1日目のプログラムが「地域の仕事を知る」だとして、「ここで新しいことをやりましょう」とチャレンジの場をつくります。すでに東京で目標設定をしてきているので、こちらから「地元の人とぜひ積極的に話してください」なんて気を使わなくても、参加者がガンガン押していくみたいな感じで。

写真:チェンジメーカープログラムチェンジメーカープログラム

―わぁ、地元の方たちは、そういう前のめりの人たちを受け入れられるんですか?

三井:結構、そこは大丈夫ですね。割と慣れてきた方が多いです。自分の仕事に興味を持って聞いてもらったら嬉しいじゃないですか。「おまえ、そんなことも分かんねえのか」とか言って教えることで、仕事の誇りにつながったりしますし。

―地元のみなさんは、最初から外部の人たちを受入れることに慣れていたんでしょうか?

三井:いえ、最初はそうではないですね。やっぱり、「まず1回試してみましょう」「いや、できない」みたいな押し問答から始まって。やっと「じゃあ、ちょっとやってみようか」みたいになったときに、「まず2人だけ受け入れてみましょうか」とか、「まずは野菜パックを1箱だけ送ってみましょうか」と、ほんとにスモールスタートから始めたんです。1年ちょっとの時間をかけました。

―いいですね。そういう小さな成功体験を少しずつ積み重ねていくと、自信になって。

三井:はい。「前回は、お昼ご飯を20人分作ったので、今度は40人分作ってみましょう」とか。昼食だけじゃなくて朝食もやってみようか、など。SETの事業は*広田町にとっても新しいチャレンジになっています。

写真:三井さん

前のページ 1 2 3 4 5 次のページ
 
 

このページの先頭へ