Interview #11
 
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Q. 陸前高田の広田町にたどり着いたいきさつは?

―SETは何人くらいで活動されいるのかしら?

写真:土屋さん

三井:SETは東京と、陸前高田の*広田町を拠点に活動していますが、現地に駐在しているメンバーが3名、東京にいる学生が7名、社会人の子が5名、計15人(※取材時。2014年7月には24名に!)の組織になります。ぼくは代表理事兼現地統括という形で、もう1人代表理事兼東京統括がいて、2人代表のNPOです。

―15人も。震災後にできた団体なんですか?

三井:はい。震災が起きた3月11日、僕は大学3年で東京の大学にいました。翌日のプレゼンの資料の準備をしていましたが、教室を追い出されて5時間くらい歩いて家まで帰りました。家に着いてはじめて津波の映像を見て、何かしないといけないという義務感に駆り立てられて。11日の夜からツイッターとかフェイスブックを使って帰宅難民向けの情報発信を始め、12日の午前中に今の東京統括の共同代表がそれを見て声を掛けてくれて、その深夜に6人のメンバーが集まりました。3月13日には組織を立ち上げて、さらに仲間を集めて、という感じでSETはスタートしたんです。

写真:SET(セット)のメンバーSET(セット)のメンバー

―すごい行動力。動きが早いですね。それから?

三井:東北に縁のない大学生ばかりで、最初は何をしたらよいか分らずに情報収集していました。でもすぐにご縁がつながって、ある服のメーカーさんが宮城県に物資を支援するためのお手伝いが始まりました。搬入・搬出・仕分けという、人手がかかる部分を僕らが請け負わせてもらって、3月いっぱいまで、1,000箱ぐらい送ったんですけど、トラックに載せるところまでやって「バイバイ」という状態が続くと、「東京にいても結局、現場を見ないと何も分からない、ほんとうのところはどうなんだ」と考え始めるようになりました。

―行ってみないとわからない、と。そこから広田町へは?

三井:ちょっと話がさかのぼるんですが、僕が大学2年の時に立ち上げた「ワールドフット」という団体がありまして。これはフットサル大会を開いて、そのチャリティ収益でカンボジアの子どもたちの、サッカー選手になりたいという夢を応援する団体なんです。その時の知人で佐藤慧(さとうけい)さんというフォトジャーナリストの方が支援団体を組織しているのを知り、合流させてもらいました。

佐藤慧さんは、陸前高田の出身で、3月17日から2週間ぐらいこっちにいらっしゃって「長部と広田が、支援の手が行き届いていない。自分の団体は長部をやるから、三井君のSETは広田に行ってくれないか」ということで、4月7日とか8日とかに広田町と出会ったという感じです。

写真:ワールドフットのメーンバーワールドフットのメーンバー(前列右から2番目が三井さん)

―広田町にたどり着いて、どんな活動を?

三井:この坂道を上がった山の中に設営したテントに寝泊まりして、2週間ほど防災本部の物資の運びや、子どもたちに勉強を教えたり遊んだりするボランティアをしました。その他、地図を持って地元の人と歩きながら、津波がどこまで到達して、どの家が1階浸水で、2階浸水でというのを全部調べて、津波の被害地図を作成するという仕事もお手伝いしていました。

―震災から1ヶ月も経たない現場を歩いて、ショックを受けることがいっぱいあったんじゃないですか?

三井:自分自身あまり覚えていないというのが正直なところで。何か、シャットアウトしていたと思うんですね。僕自身のミッションは4月11日にSETの他のメンバーが入ってこられるよう、現地での受け入れをつくることでした。だから、ほかのことは1回排除して、感情は入れないようにしたというか。「がれき」ってほんとは「がれき」じゃないじゃないですか。目に入るものを「これは誰かのものだ」と考えたらつぶれちゃうと思ったんでしょうね。

あと思うのは、大学時代にブラジルやカンボジアやベトナムに行って、貧困街に行ったり、1日1ドル以下で生活する農村に行ったりという体験をしていたので、困難な状況にある人を目の前にした時の、自分の中での付き合い方が少し身についていたのかなと。

写真:土屋さんと三井さん

―そんな経験があって。それでもつらいですよね。

三井:ええ、やっぱり映像とか見ればつらい気持ちにはなります。ただ、それはこっちに来た時のことよりも、東京にいた時のつらさ、もどかしさがよみがえってくるという感じです。日々、行方不明の方とか死者の方の数が増えていった時に、自分自身の無力感を感じて1回泣いちゃったことがあって。津波の映像を見るとその時のくやしさを思い出して「もう寝よう」と思います。その日はダメだと。仕事にならないので。

―むしろ現地に来てからのほうが、少しでも自分が役に立っていると感じられた?

三井:自分としてはそのほうが良かった。動いていないとダメな人間なんだと思います。

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