Interview #11
 
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Q.陸前高田のほとんど限界集落。暮らしは大丈夫?

―移住してからの暮らしのめどは立っていたんですか?

三井:大学4年の終わり頃、以前に通っていたビジネススクールの理事長の方に、移住について相談に乗ってもらいました。1月だったんですが、こっちでやる事業の形が全然煮詰まっていなかったんです。理事長から「このままじゃ行けないよ。4月になったらどうするの?」と言われて「バイトでも何でもして、お金を稼いでから行きます」と答えたんですね。そうしたら理事長の方に、「がっかりした。三井は覚悟ができていない。決断するということは、決めて断ることだ。4月に行くと決めたら、何が何でも行くんだ。事業化が決まらないなら、家と食べるものだけでも、広田の人に頭を下げてお願いする。それが決断でしょ」みたいなことを言われて。

写真:三井さん

確かに甘かったなと思って、その3日後には新幹線でこっちに来て、地元の人に、「正直、決まっていないです。だけど来たいと思っています」とお話しさせてもらって。そうしたら、独り暮らしの65歳のおじいちゃんがいるんですけど、その方が、「家の2階が空いているから、居候でいいから来ていいぞ。1年間、飯は面倒見てやるから」みたいなことを言ってくださって。

住む場所と食べるものはできましたが、免許を持っていなかったので4月3日から自動車学校に通って、免許を取得、車を探していたら、車を提供してくださる方がいらっしゃって。今度はガソリンを買う現金がないと思ったら、「遠野まごころネット」さんの緊急雇用創出事業枠に採用していただけることになって。5月の半ばくらいですね。そこでようやく、一通り全部揃ったというか。

―わらしべ長者みたい(笑)。

三井:そうですね。それで6、7月ぐらいから、外部から人を呼び込み始めるようになって、一緒に住んでいたおじいちゃんに迷惑をかけていたなと思ったので、8月頭にこの一軒家に引っ越してきました。面白かったのが、住民票を移した時に根崎地区で「こういうふうに外部から来た人は50年ぶりだ」と言っていたこと。「半世紀ですよ」とかも。

写真:三井さん

―50年ぶり!(笑)2階を貸してくれた65歳のおじいちゃんとはどうやって出会ったの?

三井:いろんな方にも相談して、その人を頼るように勧められたんです。その方は実務でパソコンを使っていて、僕のブログとかも読んでくれていて。ご自身も地域のために何かしたい気持ちがあるけど、「もう65になったから、おれが前に出ていくべきじゃない。地域のために頑張ろうとしてくれている若者を陰で応援したい」ということを言ってくださって。今もパソコン教室はそのおじいちゃんと一緒につくっていて、講師もお願いしています。NPOにする時も、財務関係は全部システムをつくってくれて、最初、やり方を教えてくれたんです。

―スーパーおじいちゃんですね。
お話を伺っていると、いい大人と出会ってきたという感じがしますね。

写真:土屋さん

三井:そうですね。それが財産と言ったらあれですけど、宝物ですね。大学3年生の時、僕自身には専門性がないと思ったんですね。じゃあ、どこを磨いていくかとなった時に、人とのつながりを一番大事にしたいなと思ったんです。それは専門性とはちょっと違うのかもしれないですけど。

―いや、すごく大事なところだと思います。

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