Interview #07
 
前のページ 1 2 3 4 5 次のページ
 

Q. 広田町の50年後をどんなふうに考えている?

―広田に移住したいと決心された理由は、具体的にどんなところ?

写真:広田の海

三井:ひとつは漁師の方から「50年後、この町はなくなってしまうかもしれない」という話を聞いたことですね。「震災がなくても老人ばかりだし、産業も衰退している。だけど、なくなっちゃうかもしれないから、おれらはこの5年で頑張るんだ。ここが勝負なんだ。ここで変えられなかったら、この町は変わらない」とおっしゃって。そういうのはすごくカッコいいなと思ったのがきっかけです。

それから、地域のおばちゃんが「ちゃんと食べてる? 大丈夫?」みたいに、おかずや野菜や肉や魚を持ってきてくれたりする、おすそ分けみたいな文化も魅力ですよね。隣のおばあちゃんも心配してくれて、「今日、夜ご飯食べにおいで」みたいな、そういうあったかいのが、僕はすごく好きなんです。きれいな自然の中で、カモメがピコピコ鳴いているのが聞こえるみたいなのも。

自分が生きていきたい、暮らしていきたい場所としてここがあった、という感じなんです。

―すごく溶け込んじゃいましたね。

三井:東京に行くと、財布を開く回数が多いじゃないですか。でも、こっちにいると、1カ月財布に触らないみたいな時もある。11時に打ち合わせに行くと、当然のごとく昼ご飯が出てきて、「いいから。もう作っちゃったんだから、食べなさいよ」みたいな感じです。すごく良いですよね。今まで知らなかった価値観がいっぱいあるから、この町は面白いと思って。そこに、僕自身、今後の日本の未来を感じたという気がします。

写真:三井さん事務所の古民家から歩いて2分の海岸

―日本の未来を感じる?

三井:ええ。2100年になったら日本の人口は5,000万人、今の3分の1ぐらいになると言われていますよね。2025年には平均年齢が、50歳を越すと言われている中で、きっと経済成長じゃないところで価値が出てくる、それが今後、日本の多くの地域で必要とされてくるのかなと。

もちろんお金がないと生きていけないけれど、少しのお金で豊かに生きる、そのヒントがこっちにあるような気がしたんですね。で、僕らの未来にはどのくらいのお金があればいいのか、そのバランスもこっちでなら試せる思ったんです。

―すごい実験ですね。壮大な。

三井:はい。それからもう一つ。「復興、復興」と声高に言っていても、かなりシビアな目で見れば、なくなってしまう町ってあると思うんです。でも、残る町には条件があると思っていて、僕らの活動は、それをこの町で作っていく活動でもあるんです。こういう条件があれば町は残る、みたいなものがここで見つかれば、それをほかの町でも使えていくんじゃないかなと思って。

―この町を残したい。どういう条件があったら残ると思います?

三井:これはまだ全然分からないんですけど、ひとつめは多分、この町を好きな人が多いかどうか。広田を好きな人がいっぱいいて、「なくなってほしくない」と言う人が多くなれば、町は残るんじゃないかなと思うんです。2つめは、その町でしかできない仕事があること。その町がなくなったら、その仕事はなくなってしまうというようなものがあると、町としても残るんじゃないかなと。そんなことを考えています。
なので、今は現地滞在型のスタディプログラムと、そこから生まれる事業化支援事業を通して、広田を好きな人を増やし、広田でしかできない仕事をつくっていくことに取り組んでいます。

―この町が持っているリソースで事業をつくる。私は、椿もその1つに入れてほしいんですけど。

三井:いやいや。もう入ってますよ。土屋さんが始められた椿油は商品化されてますよね。

―椿油の生産量が、うち(ネパリ・バザーロ)みたいな、そんなにすごい量でなければ、「広田町にはちょうどいいんじゃないか」と言われて。

写真:広田半島の椿広田半島は椿の産地でもある

三井:大企業やマスに対する商品というよりも、地方ですごくボリュームが少ないからこそ出る希少価値みたいなところのほうを、人は求めるようになる。そう考えると、こっちはその可能性が山ほどあるというか。

―そうですね。その価値をどう伝えていくか、認めてもらうか。

三井:そこが勝負ですね。それは外部に対してもですが、実は内部の人に対してが一番難しい。例えば「“農業のお手伝い”を体験プログラムとして提供して、お金をもらえばお仕事になります」というふうに言っても、「ただで手伝ってもらうのに、なんでそこでお金をもらうの?」みたいなところがあって。

―お金をもらうことに対して抵抗がある? じゃぁ例えば、本人が受け取らない報酬をどこかに貯めておいて、何か町のために使うというのはどう?

写真:土屋さんと三井さん

三井:ええ、地元の方にお支払いすべき謝礼を、「チェンジメーカー基金」みたいな感じで積み立てていくのはどうかなと。まだ分からないんですけれど、そういうのも検討してみようと思っています。

―三井さんは、しっかり未来をみているのね。ご自分がここのおじいちゃんたちと同じ年代になったとき、どんなふうになっていると思いますか。

三井:僕自身が60歳とか65歳くらいですか。多分、こっちのおじいちゃんたちと同じになっているんじゃないかな。なっていたいなと思いますね。
若い人が活躍しているのを見て「あー、頑張っているな。お茶っこしていけ」みたいな。で、話を聞いて、「ああ、いいアイディアだね。じゃあ、あのおじいちゃんを仲間に入れちゃえばいいね。それはさ、ここを押せばいいんだよ」みたいなツボを教えてあげる(笑)。そんな感じになっていたら嬉しい。若い子たちがもっと楽にチャレンジできるようにアドバイスをする、そんな存在になっていたら、面白いなと思います。

写真:三井さん

―良いおじいちゃんだ。
上下のつながりって、東京では希薄でしょう?

三井:はい。そこもここで暮らすことの面白さだなと感じています。なので、東京から人を呼んで、この土地のおじいちゃんたちの魅力に触れていって欲しいんですよね。

―この魅力が伝わると、もっと遠くからも人が来ちゃうかも。

三井:そういうつながりを、どんどんつくっていきたいです。

写真:土屋さんと三井さん

前のページ 1 2 3 4 5 次のページ
 

インフォメーション

特定非営利活動法人SET(セット)

岩手県陸前高田市広田町字赤坂角地221-1

特定非営利活動法人SET

 

このページの先頭へ