Interview #10
 
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Q. 震災後、売り場の末端のところでいろいろ考えて、そこから巻き戻ってきて、今度はメーカーに行って。「三陸の流通を変えたい」とは?

―この2年間、どんな気持ちでいらっしゃいましたか。

鈴木:自治体のイベントが多かったです。東京の板橋区民祭で復興ブースに呼んでもらったり、神奈川県の大和市だとか、世田谷区もありましたし、築地もあったな。とにかく、お客さんに泣かれて、泣かれて。「頑張ってね」と言われて。「マスカットサイダー」をおばあちゃんが10本買ってくれたりして。「重いでしょ、それ。絶対、普段だったら買わないでしょう」というのもあって、「ありがとうございます」しかないですね。うれしくいから、こっちが泣きたい。

写真:なつかしい未来創造株式会社のメンバー橋勝商店の橋詰社長

―その2年間、1年間の中でもあったかもしれないけど、みんなのかかわってき方とか、関心の持ち方が変わってくるのを感じますよね。それはどんなだったですか。

鈴木:お盆過ぎたら、ぱったり。あとはもう、いい商品でないと売れなくなって、でも、「これが普通なんだよな」という感じになったし。いろんなイベントが企画されるから行くけれども、実際売れない。

―そういう時間の中でいろいろ考えていたんですね。

鈴木:考えていましたね。で、行き着いたところは、イベントが本筋じゃない。イベントじゃ食っていけないなと。やっぱり、取引先に入り込んで、地元メーカーさんの商品をとにかく大量に流すというのが私たちの仕事だなと。フットワークがいいところが一番のウリでもあるから、例えば、小売店、スーパーさんにも対応できる。ホテルだとか飲食店、居酒屋、あとは通販にも対応できる。とにかく、加工と流通の間に大きなシェアをつくったほうが、私たちの本筋じゃないかなと思いました。

―売り場の末端のところから巻き戻ってきて、自分たちの本筋の話があり、でもさらに巻き戻していって、今度は水産加工業というメーカーに行くんですね。

鈴木:はい、そうですね。ちょっと大きい夢になってしまいますけど、三陸の流通を変えたいというのが1つあります。

写真:石巻のボランティア仲間と。石巻のボランティア仲間と。

―どういう現状をどういうふうに変えたい?

種坂:今までは、作ったものを仕入れる人がいて、その人が売って、買う人がいて、と。そういう流通じゃないですか。もちろんそれは変わらないんですけど。私がやりたいのは、「こういうものを作ってくれ」と、逆に、お客さんから言われたものを作る。それを仕事にするメーカーさんが増えてほしいなと。「うちはこれしか作らないのよ」じゃなくて、「こういうものを作ってくれ」と言われたものに対応していく。もちろん全部じゃないですけど。そういう流通の方法にしていったほうが、「何だ、三陸の業者さん、やるな」というふうになるんです。それが、簡単でしたね、意外と簡単でした、というふうにしたい。

―まんま流すのではなくて、ちゃんとやりとりができる。そういう流通をやってみたいと。

写真:中村さん

鈴木:そうなんです。必ず当たるということはないんですけど、消費者のことを一番知っているのは、売る側の立場の人たちなので。私もそうですけど。そういった方々の声耳を傾けながら、商品を作ることができるというのが、私が一番、水産加工の世界に行っても何とかなると思うところ。会社の今後のことも含めて、経営の部分に入っていきながら商品も作る、モノを売る。会社自体の存続も両肩に重くのしかかってくるようなところもあります。そのぐらいは受けて立ちますよ、という気持ちではいるんですけどね。それが怖かったら行かないですから。

写真:未来商店街植木も入って、和やかな雰囲気になった未来商店街

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「西村 佳哲」さんと「鈴木 祐輔」さん

いま高田を離れ、別の町で水産加工業を継ぐ、祐輔さん。 5年後はどうなるのだろう?(中村)

種坂さんが働く 陸前高田物産センターはこのあたり

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