Interview #09
 
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Q.嫌いだったデザインの仕事を見直すことができたのは?

―未来商店街の任期を終えて、次の仕事を見つける際に、この町を離れる選択もあり得たと思いますが、物産センターで働くことにしたのは?

種坂:私、2013年の1月から3月までは*大船渡市の三陸町にある観光センターで働いていたんです。それは高田のハローワークで見つけたんですけど、地元の人が欲しい仕事をとりたくないので、募集から期間が経っているやつをみていたら、その仕事が残っていて。 三陸町の観光センターは「年度末まで」という条件だったので、臨時職員みたいな形で入らせてもらって、大船渡の観光や三陸町の復興について考えたり、ガイドマップを作ったり、三陸鉄道の開通の準備やイベントにも関わったりしてました。私は陸前高田を観光地にしたいわけではないんですけど、外に向けて「高田は今こんな状況で、いいものがたくさんあって」ということを発信していくのはすごく大事だと思うんです。そのためには観光協会で働くのがいいのかなと考えていました。

写真:浦浜てくてくマップ種坂さんがデザインした、三陸町のガイドマップ

―なるほど。そこから高田の物産センターへはどうやって?

種坂:実は、大船渡に行く前から、*陸前高田物産センターを運営している「陸前高田地域振興(株)」で働きたいなと思っていました。それは、未来商店街で私がデザインをしていた時に、いろんな人から「うちも頼みたい」と声をかけてもらったんですけど、あまりお手伝いできなかったからなんです。
その時から「もっと広く地域の人を手伝えたらいいのに」と思っていました。その点、地域振興(株)は第三セクターで、陸前高田の物産を扱って東京にもアンテナショップがある会社ですから、事業者さんや農家さんも含めて、広く手伝えます。だから、友人のFacebookで「地域振興」の募集があることを知った時には、「来た!」と思って応募して、2013年4月からありがたく採用していただきました。 今レジ打ちしてますけど、そのうち新商品の開発にも関わらせてもらえる、と聞いていて。

写真:中村さん

―何か「こんなのを作りたい」みたいな考えはあるんですか。

種坂:やっぱり、ほんとに地元の魅力を発信できるものを作りたいですね。例えば、気仙沼の「*ホヤぼーや」、私は大好きなんですけど「ホヤってなんぞや」と思うわけです。「これ、何?」というのが、「気仙沼はホヤが採れるらしい」「食べてみたい」という流れにつながって、生産者とお土産を買う人をつなぐきっかけになっている。それは、地域の人たちががPRしたい何かが詰まっているからなのかなと。

写真:浦浜てくてくマップりんごエールのラベル

―思いがあると伝わる、みたいな?

種坂:そうです。今は*谷沿さんがやっている「りんごエール」のラベルを作っているんですけど、陸前高田にはリンゴがあるんだぞというのを伝えたいんですね。一本松は有名で、一本松がついているお土産物が売れる。でもよく知られている名前をお土産につけるんじゃなくて、知られてない魅力を発信して、ここに「こういうものがあるんだぞ」という強い意志を感じるものが作れたらいいなと思います。
・・とか言ってますけど、私、あまりデザインに自信がないんですよね(笑)。
私はお土産物が大好きで、全国の道の駅やサービスエリアに絶対入って見るんですけど、自分が「こういうのがいいよね。こういうの、カッコいい」と思うものと、人が買っていくものは全然違う。物産センターにいると、「これ、誰買うんだろう」と思っているものを、みんな買っていくのでびっくりする。そういうことがわかるので、物産センターにいて本当に良かったなと思って。

―わかります。パッケージのデザインは難しい。

種坂:私は前の仕事を辞めた時に「もうデザインなんてしない」と思っていました。仕事をすることで、好きだった絵を描くことが嫌いになっちゃったんです。「違う仕事に就こう」と思ってた。

―でも今はまた絵を描いていますね。

種坂:そうなんですよね。震災のあった夏に、お世話になった人たちを喜ばせたいと思って、絵を描いて、「みんなを笑顔にしてくれてありがとう」みたいな賞状を1人ずつ作って、配って回ったんです。その時にみなさんめちゃくちゃ喜んでくれて。リフォームしてきれいにした玄関の壁に、小さい額に入れて飾ってあって、すごく感動したり。あと、「夏祭りのポスターを描いてくれ」と頼まれて作ったら、それをおばあちゃんたちが自転車に乗せてあちこちに貼り歩いてくれたこともありました。
そんな風にして私もまだやれることがあったな、みたいなことを感じるようになりました。デザイナーという仕事が何なのかよく分らないですけど、相手が何を求めているのかを自分で考えて、地域でも考えて、みんなが喜んでくれるものを作って届けるという合わせ技。ただデザインするだけはなくて、その前後まで企画して作るなら、自分にもできるかなということを発見させてもらったのは、石巻や陸前高田という土地のおかげだな、と思っています。

写真:種坂さんのスケッチブック種坂さんのスケッチブック

―「ただデザインする」というのはどういうことか、もう少し話してもらえますか?

種坂:会社から「こういうのを作って欲しい」と振られて、デザインをして、出来たもので良い悪いを判断される、みたいな。都会でデザイナーとして働くというのは、そういう感じがしていました。例えばこちらだと、震災後のマップがなくて「人が来ない」と言ってたりするので、「じゃぁガイドマップをつくろう」とか、お店の看板をつくって分りやすいところに置こうとか。そういうところから始まるんですね。明確な分類をするのは難しいですけど、今まで自分が思っていたデザイナーというのが、ちょっと違ってたんだな、それなら私にもできるかな、と。

―この土地で、求められることが分ったり応えたりするうちに、デザイナーという枠組みに自分の形を当てはめようとしなくていいんだ、と思えるようになったと?

種坂:はい、最初は、自分がどういうふうにしているのが一番普通なのか、全然わからなかったんです。陸前高田の人ではないし、でも「よそ者です」という顔をして歩くのも嫌だし。「じゃあなんでいるの?」と言われると「私はデザインとかやってきてまして」みたいな感じになっていましたね。

―そうですよね。

種坂:震災があって大きく変わった人たちがいて、外から来た人たちもいれば、Uターンした人もいれば、元から住んでいる人もいて。みんながつながってきて、スタートを切ったところです。デザインと呼んでいいのかわかりませんが、でも多分、みんなが苦手で自分ができることがあって。そこに入りたいなと思っているんです。今は、私がデザインできようができまいが、遊んだり飲んだりして仲間だと思ってくれる人たちが、こっちにたくさんいて、「自分らしくいていいんだよ」と言われている感じがしています。

―「自分らしくいていい」は、結構危険なワードだと思いますが、仕事もしないうちから「オンリーワンだ、何やってもいいんだ」ということじゃなくて、周りのニーズに応えていく中で自分の役割や輪郭がはっきりしていく、という流れはいいですよね。

種坂:そうですね。

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「中村 健太」さんと「種坂 奈保子」さん

前は嫌いだった「デザイン」の仕事をしてワカメとかリンゴとかをもらえてしまう。それってどんな感じ?(中村)

種坂さんが働く 陸前高田物産センターはこのあたり

陸前高田物産センター周辺の地図

   
 

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