Interview #03
 
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Q. おばちゃんのエネルギーに幸せを感じたとは?


ガレキーホルダーを作る被災者の女性たちと谷沿さん

―3年ぶりに中田と会うやん。どんな話をした?

谷沿:中田は僕にいろんな話を投げてくるんですけど、会話は返せなかったですね。でも僕、幸せだったのが、その日がちょうどガレキーホルダーの作業の日だったことです。僕が着いて30分ぐらいして、おばちゃんたちがやって来て。僕も、「今日から1週間参加します」と簡単な自己紹介をして、一緒に作業を始めたんですが、おばちゃんたちのエネルギーが凄くて。ついさっきまで見てきたがれき、あのネガティブなものが、何時間後にはポジティブなものになっているというエネルギー。いまだに覚えていますね。おばちゃんたちの会話の中にはまだまだネガティブなものもあるんです。皆さん家は流されているんです。だけど、そんなものも笑い飛ばすくらい飄々とおしゃべりをしながらキーホルダーを作っていて。僕なんかが気を使うのがかえって迷惑だったんじゃないかと思うくらい。

―そうそう、おれもそうやった。*新聞バッグの応援しに来た時に、何をしゃべったらいいやろうと思って。でも逆にその人たちの方が気を使ってくれてな。前向きでがんばろ、というすごいパワーに、おれも圧倒されたな。何やろな、あのパワー。


TOHOKU SHINBUNBAG PROJECT

谷沿:そうですね。ほんとに何なんだろうと。いまだに勇気づけられることのほうが多くて。
僕は、南から北上する旅をしながらいろんな土地を見、いろんな人と話して、陸前高田に1週間滞在しました。その後一度北海道に帰るんですけど、その時にはっきりしたことがあります。陸前高田の人たちは日本で一番ネガティブなことがあったのに、「生きる」というエネルギーは、きっと日本で一番すごい、そう感じたんです。おれのいた北海道、札幌、帯広というのは何なんだろう、同じ日本かなと思って。
それで、気が付いたら荷物まとめていましたね。バカでしたね。

―バカじゃないと思うよ。おれはいいと思うよ。

谷沿:親は「帰ってくると言ったのに、こいつ何を言い出す!」とけんかもしました。でも、僕は大事にしていたレコードとか機材とかを全部売って、フェリー代片道分にしかならなかった7万円を握り締め、フェリーが出る苫小牧に行ってました。さすがに港では足が震えましたね。そうやって陸前高田にきてみると、ここにはいろんな人とエネルギーが全国から集まっている。真剣に何かを思えば何とかなるという変な自信もあったし、実際に4日後ぐらいには仕事が見つかりました。*未来商店街の種坂さんが大船渡の造園業の人を紹介してくれて、これで何とかやっていける、ガレキーホルダーも続けられるということでここでの僕の生活が始まりました。

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