Interview #02
 
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Q. 以前は、高学歴「吉本」芸人としてTVにも出演されていたとか。現在の活動とは、イメージが全く結びつかないのですが?

―富山さん、まずご家族は? どうやって生計を立てていらっしゃる?

富山:家族は嫁が1人と——当たり前ですけど(笑)、息子が3人います。貿易コンサルティングの仕事で食べています。アメリカで大学院生をしていた頃にはじめた仕事で、今も夜になると海外から電話がかかって来ます。アメリカやイギリスは朝になりますからね。事業としては27歳の頃スタートしていますのでかれこれ17年になります。

―アメリカに?

富山:ええ。高校卒業後すぐ、アメリカの大学へ行きました。

―アメリカに留学したのは、何かきっかけがあって?

富山:中3の頃から、子供心ながら国を憂えていた部分がありまして。人口爆発とか、飢餓とか、地球上の問題っていろいろあるじゃないですか。中3の時、お母さんに抱っこされている赤ちゃんが、母乳が出なくて生まれてもすぐ死んでしまうんだという映像を見たことがありました。これおかしいな、なんでこんなことになっているのかなと。一生懸命考えて悩むんですけど、難しいんですよね、アホですからそんなに深くは考えていないはずなんですけど、分からないことが気持ち悪い。一日考えてみて、やっぱり分らないので、それ以上考えることをやめました。

―え、一日で?

写真:富山さんと西村さん

富山:はい、絶対答えがないと思いましたので。その時「せっかく生まれて来たからには、いつか世界の問題を解決できる人になろう」というのだけは決めて、考えるのをやめたんです。

―潔い。それから?

富山:この頃の僕は、普通のアホな中学生で、うちのおふくろに「本1冊でいいから読んでくれ」と頼まれて読んだ本が、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』でした。じゃぁ、と読み始めたら8巻もあって「騙された」と(笑)。でも2巻目ぐらいから、歴史が流れていく情景がすごく面白くなって。もう龍馬のすべてがカッコ良すぎて、男として憧れましたね。すっかり影響されて、よし、真似してやろうと思ったんです。龍馬が世の中の見方や情報を学ぶために、土佐から江戸に留学したので、自分はアメリカへ留学だ!と。

―中3の時。

富山:はい。「行きたい」とおやじに言いましたら、「誰、金出すねん」と我が家の現実を返されまして。調べたら、300万あれば行けると分かったので、高校3年間は、夜勤とか、学校もろくに行かずにバイトをしてました。なんとか300万を貯めて、最初はエルマイラ大学という無名の大学に入り、そこから奨学金を目指して勉強漬けです。まずは1年通って成績を上げて、何とか奨学金と生活費をいただけるようになり、2年後、ボストン大学に編入しました。
世界の問題を解決する人」になりたかったので、国際関係学を専攻したのですが、私が行った1989年にベルリンの壁が崩壊、2年後にはソビエト解体という、まさに世界が動いた瞬間、あの時期に勉強できたことが本当に良かったです。とにかく猛勉強を重ねて、首席で卒業することができました。 大学院は推薦をもらってイギリスのオックスフォード大学に行くんですけど、国際関係学を学ぶにはアメリカの方が自分に合うということが分かり、ペンシルバニア大学の大学院を受け直しました。修士課程に変更して卒業し、日本に帰ってきたのが26歳のときです。

写真:推薦でオックスフォード大学へ
推薦でオックスフォード大学へ

写真:ペンシルバニア大学を卒業
ペンシルバニア大学を卒業

―その大学院にいたころから、貿易コンサルの仕事を始めた?

富山:最初は、日本にいる友人のお父さんの貿易ビジネスをアルバイト的に手伝っていたんです。そのお父さんがアメリカ人で、商品の買い付けとか、展示会の手伝いだとか、いろいろ言いつけてくるので、それはすごくいい経験をさせていただきました。その時の仕事を通して、日本企業は、アメリカ企業との交渉がすごく下手なんだなというのが、分かったんです。商習慣の違いはアメリカ人相手に理解されないので、「もっとこうすればいいのに」ということを、日本企業にアドバイスしてみると、ほとんどのケースでうまく行きまして。それがそのまま仕事になったという感じです。契約交渉や海外チャンネルのコーディネーター役、あと、日本の中小企業の優秀な技術を輸出するサポートもしています。競争力のある技術があるのに世界を相手にする「術」がない中小企業をお手伝いしたいと思いまして。
で、30歳ぐらいからお笑いをやり始めましたけど。

―ここが不思議なんですが、順調な貿易コンサルの仕事があるのに、なぜお笑いの世界に入ったのですか?

富山:私は、日本は世界の課題を解決するために動ける国だと、勝手に信じているんです。先進国は、自国の利益を第一に追求する考え方を強く持っていますが、日本には、共存共栄という考え方があります。ですから、世界の問題を解決しようとするときに、搾取型ではなくて共存共栄型の協力ができるはずなんです。でも最近の日本の社会から、そういう考え方が薄れていく気がして、なんとかしたいと思っていたんです。最初、貿易の仕事を通してでも「できることがある」と思ったんですけど、自分の力の限界も感じまして。そうだ、メディアの力を借りようと。そして、若い世代に理解してもらいながら、組織票や団体票、利権に絡まないで人が動く構造をつくるには、「お笑い」がいい、「お笑い」で行ってみようと思ったんですね。

写真:富山さん

―なるほど、非常に理にかなっていますね。芸人活動を通じて何か未来に働き掛けていこうと思ったんだ。

富山:いや、そこまではいいんですけど、お笑いの世界に入った瞬間に、自分が「面白くない」ということに気付くんですよ(笑)。なんといってもここが致命的で。ちなみに、吉本にはNSCというお笑い養成学校がありまして、ここに入らないといけないので、最終学歴はNSC卒です。

―(笑)

富山:ええ、「何をやっているんだ」と皆さんに言われます。最初は「大蛇が村にやってきた」というコンビで漫才とかコントを普通にやっていたんですけど、自分のキャラクターが高学歴芸人だと言われまして、「熱血!平成教育学院」とか、「Qさま!!」とか、「タイムショック」などのTV番組に出させていただきました。ところがクイズ番組の出題って、半分は漢字なんです。僕は、高卒後からアメリカなので、漢字が全然ダメで。「おまえ、ほんとに高学歴なのか」と言われてました(笑)。

写真:富山さんのお笑いコンビ「大蛇が村にやってきた」
富山さんのお笑いコンビ「大蛇が村にやってきた」

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「富山 泰庸」さんと「西村 佳哲」さん

貿易の仕事→お笑い芸人→高田で訪問リハビリサービスの立ち上げ、その異色の経歴はどこに向かうんだろう?(西村)

富山さんのとうごう薬局はこのあたりでした

とうごう薬局周辺の地図

プロフィール

富山 泰庸(とみやま よしのぶ)

ロッツ株式会社 代表取締役

プロフィール

西村 佳哲(にしむら よしあき)

リビングワールド代表
プランニング・ディレクター、働き方研究家

プロフィール

 

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