Interview #02
 
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Q. 災害支援ボランティア団体、そして高田での事業会社と、同じロッツという名前で活動が続きますが、「ロッツ」とは?

写真:西村さん

―お笑い芸人という道に入ってみて、どうでした?

富山:そうですね、お笑い芸人の立場で何かを発信すると、いろいろな人が興味を持ってくれるんです。例えば、社会の問題について、少しでも「おかしいことをおかしいと理解してほしい」と思ったときに、お笑いだったらまず興味を持ってもらえます。お笑いをやりながら、「こんなことも大事だと思うんだけど」という話をすると、そこに共感してくれた層が流れこんでくれるんですね。お笑いをしながら、そういうことをしていって、少しずつ仲間を増やしていけたと思います。そうやって、34歳くらいのときにスタートしたのが「ロッツ」という勉強会です。

―今の高田の事業会社と同じ名前の勉強会。それは、どんなふうにして始まったんですか?

富山:若い人たちが世の中を変えて行けるように、知識の足りないところを勉強しようと、大学の同級生とか、友人とか、たまたま縁があったような人たちにも声をかけて、15人くらいで始まりました。LOTSは、Liberate your Own TalentSの頭文字を取ったもので、自分自身の才能を開花させるという意味です。自分に向いた分野で思い切り活路を見いだせば、必然的に社会の役に立ちます。だから、好きなことを見つけて自発的に取り組んで欲しい。やらされているんじゃ無くて、ひとり一人が自分自身のエネルギーを持って行けば、すごい日本になると思うんですけど。

写真:富山さん

―「ロッツ」では何をテーマに勉強していたのですか?

富山:始めてすぐ、メンバーの知識にも意識にも大きな差がある事がわかったので、外から専門家の先生を呼んでの勉強会になりました。例えば、医療をテーマにした時は、東京大学名誉教授の渥美和彦先生がゲストです。「日本統合医療学会」の会長の人で、この時のことが、僕の今の高田での事業に影響していると思います。他に、国家財政、農水産業、教育、中小企業の再生など、いろんなジャンルの先生を呼んで、勉強会をやっていました。

―どんな場所に集まっていたんですか?

富山:代々木のオリンピックセンターです。

―オリセンに集まってたのか、どんな雰囲気だったんだろう。

富山:そうですね。常に中心に置いて、共有したかったのは、「利己ではなくて利他」という理念でした。Give and give ではなく、相互扶助としての「利他」を理念にしようと。美化するわけではなくて、日本ってそういう特徴を持つ国だなと、海外に行って来てすごくわかったからなんです。
事業は「儲けるためにやる」という人がいますが、日本で100年以上続いている会社の創業者は、事業というのは社会に貢献するからお金が入ってくるんだと言っています。社会に貢献しようと思ったら、社会のニーズを知らなきゃいけない。それを勉強するための勉強会です。だから、震災の時にこの仲間を母体にして、ボランティア団体が立ち上がるのは早かったですよ。声を掛けたら一気にいろんなジャンルの人たちが「日本の国難だから」という同じ意識レベルで動いてくれて、本当にありがたかった。

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「富山 泰庸」さんと「西村 佳哲」さん

貿易の仕事→お笑い芸人→高田で訪問リハビリサービスの立ち上げ、その異色の経歴はどこに向かうんだろう?(西村)

富山さんのとうごう薬局はこのあたりでした

とうごう薬局周辺の地図

プロフィール

富山 泰庸(とみやま よしのぶ)

ロッツ株式会社 代表取締役

プロフィール

西村 佳哲(にしむら よしあき)

リビングワールド代表
プランニング・ディレクター、働き方研究家

プロフィール

 

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